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姉様をお迎え二度目の金ワラジ

 
グラウンドでは野球の公式戦、応援団も繰り出しての両校の声援が賑やかでした。延長戦で勝敗が決着するまで観戦してしまいました。終ると途端に肌寒さが身に沁みました。つるべ落としの秋の日、ともなりました。
 今日は【月庵】氏からの寄稿。彼は特養でのお年寄りの死に慣れてしまうことを一番恐れていると常々言っています。一人ひとりのお年寄りの深い皺には人生の時間が刻み込まれているのです。
☆☆☆
 今日のカンファレンスでは、83歳になるTさんに、自宅で元気にしておられたTさんのご主人が救急車で運ばれ、意識もなく危篤状態にあることを告知するかしないか、家族からも相談されていることが報告されました。ご主人は狭心症の発作で緊急入院したのです。Tさんも要介護4で寝たきりに近い状態です。意識レベルも低下しています。このような状況で告知したりすれば、余計な負荷を与えることになるので、ご主人が危篤状態とはいえ面会もできないこととて、そのまま告知はしないことになりました。しかし、ご主人が仮に亡くなったとしたら、Tさんは我々を“なぜ知らせてくれなかったのか”と責めることも考えられます。しかし、この状況ではやむを得ないだろうという結論に達したのです。このことは家族にも告げ、家族も又同様に対応することになりました。

 その数日後、Tさんのご主人が亡くなったことが我々に知らされました。Tさん本人には、家族と一緒に介護長が同席して、ご主人の死を告知することになりました。
 Tさんの長男がベッドの側の椅子に座り、Tさんの耳に口を押し付けるようにして大きな声でゆっくりと話し始めました。
「お爺ちゃんが、このあいだ急に具合悪くなってなー、救急車を呼んでH病院に入院させたんだよー、今までそんなことは一度もなかったのによー、心臓の病気だ。それで…」
 と言って長男は声を詰まらせました。
「…入院してからなー、お医者さんも看護婦さんも懸命に夜通し面倒を見てくれたけどー、今朝死んだんだよー…」
 Tさんは事情を飲み込めていない様子で、キョトンとした表情をしています。長男が話を続けました。
「ばあちゃんに一度会わせたかったけど、爺ちゃんの意識は戻らなかったし、ばあちゃんを驚かせてもいけないと思ったし…、でも爺ちゃんは静かな死に顔だったよ、とても穏やかな死に顔だったよー…。」
 Tさんは、長男に顔を向けました。
「爺ちゃん…、爺ちゃんが…、死……」
「そうだよ、今朝だよ、最後に会わせてあげられなくてゴメンな。」
「……」
 突然Tさんの目からは大粒の涙がこぼれるように落ちてきました。こぼれるように。そして言いました。
「苦しまなかったかい、最後は苦しくなかったのかい、爺ちゃんは…。」
 長男が答えました。
「苦しまなかった、静かな顔をしていたよ。」
「……そう、そう、そうかい…じゃよかったよ。…今度のお正月は家で一緒だなって爺ちゃん嬉しそうだったのに…かわいそうに…かわいそうに…。」
 Tさんの目からあふれ出た涙が顔を濡らしています。介護長が、黙ったままそっと小タオルで拭き取りました。でも涙はいつまでも止まりませんでした。

 Tさんの体調のことも考えて、車椅子のまま施設の車で自宅まで行き、お爺ちゃんの顔を見ただけで施設に帰りました。通夜、葬儀、告別式には参列しませんでした。
 その日以来、Tさんは口数もめっきり少なくなりました。そして身体の動きも鈍くなり、反応や会話の受け答えもハッキリとしなくなっていきました。
 長男から聞いた話では、Tさんはお爺ちゃんとは3歳違いの姉様女房でした。東北の小さな村から出てきたお爺ちゃんが小さな雑貨店を東京で開き、生活が何とかメドが着いた頃、同じ村のTさんとはお見合いで一緒になったそうです。そして三人の子どもを育て上げたとのこと。長男の言葉によれば、二人の喧嘩は見たことがないほど仲のよい夫婦だったそうです。「金のワラジをはいて一緒になった姉さん女房」というのがお爺さんの口癖だったそうです。きっと幸福な夫婦、家族だったのでしょう。長男の話は、そのことを物語っていました。

 そして暑い盛りにお爺ちゃんが亡くなってから2か月ほど経った頃、Tさんは急性肺炎を起こしで意識のないまま、ここで亡くなりました。金木犀の香りが漂い始め、朝夕にはもう秋の気配がしのび寄る頃でした。まるでTさんをお爺ちゃんが彼岸から呼びに来たかのようでした。Tさんの死に顔も、とても穏やかで満足そうでした。


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うさぎ

本当に仲の良いご夫婦だったんですね。
男の方は奥様を亡くされると気落ちして、病気になられたりする事も多いと聞きますが、女性は意外と強く、かえって元気になったりしますよね。
もしかしてそれは、それまでの夫婦関係がそうさせてるのかも知れませんね。

うちなんかは旦那と仲良しでは無いので、どちらかが死んだら片方はすご~く元気になりそうです(^_^;
by うさぎ (2006-10-27 10:18) 

おやじへるぱー

ユングは「完全性は男性の望むことであり、それに対して女性は本質的に十全性を求める傾向がある。…完全性は必ず袋小路に行きつくが、十全性は一方向的な価値を欠いているにすぎない」と書いています。女性の長寿も当然かもしれません。コメント感謝。
by おやじへるぱー (2006-10-29 10:37) 

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